なぜ私は小林聡美を好きなのか

彼女から借りた小林聡美さんのエッセイを読み終わる。よしもとばななさんの解説がついていた。その解説は著者の魅力をうまく言語化したしたもので、さすがよしもとばななだなとしみじみ思う。
私は、おそらく中学生くらいから、小林聡美さんのファンである。熱心なファン的活動(例えば、彼女の出演作品を全てチェックしコレクションするとった)には全然興味は無いが、テレビで彼女を見るとなんだかハッピーな感じになる。しかしながら、これまで、なぜ私は彼女を好きなのかを、自分自身にうまく説明することができなかった。今でもできない。
だから、よしもとばなな的解説に少々感動した。
好きな理由を言葉にすることは難しい。なぜ好きなのかを言語化することは、本質的に、自分自身を言語化することと同じに思える。これを書きながらそう思った。なるほど、だから難しいのか。
同じように、うまい言葉が見つからないことは多い。おそらく、ここで大切なことは、その言語化の難しさを容認しつつもそれを諦めない姿勢なのではと、ぼんやり思う。